日本における脳卒中の疫学
厚生労働省発表の令和2年(2020) 人口動態統計によると、脳卒中(脳血管疾患)による死亡者数は10万2956人にわたり、日本における全体の7.5%を占めているそうです。死亡原因としては悪性新生物(腫瘍)、心疾患、老衰に次ぐ第4位で国民病の一つとなっています。
【出展】 令和2年(2020)人口動態統計
さらに日本脳卒中データバンク2021によると、全脳卒中患者のうち実に約74%を脳梗塞が占めているそうです。脳卒中は素早い治療介入が重要であることは言うまでもありませんが、その中でも脳梗塞はt-PA(血栓溶解療法)や血栓回収療法を迅速に行うことで予後が改善されることが科学的に証明されており、時間の重要性はけた違いなのです。
2022年現在、脳梗塞の症状改善目的で実施可能な治療法はt-PA(血栓溶解療法)と血栓回収療法の2つです。
- t-PA
点滴で血栓を溶かしに行く治療法。脳梗塞発症から4.5時間以内の場合に使用可能。 - 血栓回収療法
カテーテルを用いて直接取り除く治療法。2015年に6時間以内の血栓回収の有効性が証明された。さらに、2018年には条件付きではあるが発症から24時間まで治療可能時間が延長された。より早期に血栓回収術を行う方が、より良いが見込める。
日本における治療の現状は?
実際に岡山県倉敷市で調査された研究結果によると、脳梗塞の患者のうちt-PAを実際に投与できた患者というのは5%に過ぎなかったそうです。この結果は2009年から2010年のデータに基づくものであるため、2022年現在どの程度までt-PAの恩恵を受けられるようになったかに関しては評価できませんが、私自身脳卒中患者の対応を行っていると、確かに発症から4.5時間以内に治療開始できるケースというのはそれほど多くありません。
血栓回収療法については日本における同じような研究は見当たりませんが、いずれにしても素早い治療介入が予後を改善することは疑いようがありません。
前置きがとても長くなりましたが、ここまでの内容で伝えたいことを一言で言えば、脳卒中(特に脳梗塞)の患者ではいかに素早く治療介入できるかが、予後に大きく影響する、ということです。
ところが、素早い治療介入というのが現時点ではすべての患者において実施できているわけではなく、むしろ素早い治療介入ができない患者の方が多いという現状なのです。
脳卒中発症から治療介入までの時間を短縮するために
では脳卒中を発症してから治療介入までの時間を短縮するためのカギは何なのでしょうか。
それはズバリ、「脳卒中が疑われたら患者にすぐに病院へ来てもらうこと」です。もう、これがもう一番大事です。本当に本当に一番大事です。
意外かもしれませんが、脳卒中を発症しても多くの人は様子見をしてしまい、病院へ来た時にはとても時間がかかってしまっていることも少なくありません。
よくあるあるなストーリーは、「寝る前から症状が出ていたが、寝たら治ると思い一晩寝て様子を見てしまった」というものです。本当によくあります。それも、次の日の朝一番に来るわけではなく、お昼過ぎや夕方ごろにそういった患者さんがやってきたりするのです。そうなると、出来るはずの治療もできなくなってしまうので非常にもったいないのです。
つまり、市民の方は、脳卒中が疑われるような症状を知らなかったり、知っていても脳卒中がいかに迅速な対応が必要かということを十分に知らないのです。
大切なことは、「こんな症状が出たら脳卒中が疑わしいんだよ!」とか「脳卒中かもしれないと思ったらすぐに病院へ来てね!」ということを知ってもらうことなのです。
こちらに関しては
啓蒙活動が大切です
市民の方に知ってもらうためには、市民のための啓蒙活動が必要です。世界的にみれば、脳卒中の早期治療介入のために様々な啓蒙活動が行われています。
一番有名どころは脳卒中の「FAST」ではないでしょうか。
日本でも「FAST」を用いた啓蒙活動が様々な場所で行われるようになってきました。ただ、まだまだ不十分です。
私も脳卒中に関わる医師の端くれとして、ネット上でどんどん発信していこうと思います。皆さんももしこの記事をご覧になったら、親、兄弟、同僚など周りの人に「脳卒中かもしれないと思ったらすぐに病院へ行くんだよ!」と教えてあげてください。
「どんな症状が出たら脳卒中が疑わしいの?」ということに関しては以下の「FAST」について解説した記事で解説していますので、そちらをご覧ください。
脳卒中のFAST皆さんは脳卒中の「FAST」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。これは、「脳卒中が疑わしいときはすぐに病院に来てね!」という啓発のために作られた言葉で、脳卒中の代表的な症状である「Face:顔面麻痺」、「Ar[…]
【参考文献】
・脳卒中データバンク2021
・Stroke incidence and usage rate of thrombolysis in a Japanese urban city: the Kurashiki stroke registry, J Stroke Cerebrovasc Dis. 2013 May;22(4):349-57.